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三人暮らし/群ようこ

ひとり暮らしはしたことがないワタシですが、3人で暮らしたことはあります。

といっても、オットと息子とワタシの3人という、部屋も家事も生活費もシェアしない3人暮らしなのですが。

本書は、仲の良い者たちで部屋をシェアするという前向きな三人暮らしもあれば、あり得ないメンバーで止むに止まれず始まる三人暮らしも登場します。


三人暮らし三人暮らし
(2009/09/25)
群 ようこ

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10編からなる本書には、10パターンの三人暮らしが登場しますが、その中でワタシが最もおもしろかったのは、『友だちではない』です。

おしゃれな外国人向けマンションをルームシェアしながら暮らしているマキとサヤカは、もう1人のルームメイトのマリイが結婚することになったため、新たなルームメイトを探し始めます。

多数の希望者の中から面接して、トモコに決めたのですが、彼女の行動や言動がしっくりこないサヤカは、マキとマリイと3人で暮らしていた頃と比べてしまうのですが…。



子どもの頃は、行動を共にしていれば友だちだと胸を張って言えたと思うのですが、オトナの友だち事情には、そのような明確な定義は無いように思います。

子どもなら、同じ部屋に寝泊まりすれば当然友だちだということになりますし、大人でもそう考えてしまう人がいるのも不思議ではないと思います。

だからこそ、新しいルームメイトのトモコが、マキやサヤカの生活に興味津々だったり、自慢話を延々としたりすることにサヤカが違和感を覚えても仕方がないとは思うですが、帰国子女で海外でもルームシェアの経験があるマキは、きっぱりこう言うのです。

「(ルームメイトは)友だちではない」と。




「友だち」という言葉には、「恋人」とはまた違った甘美な響きがあるように思います。

今の時代、大人も子どもも、友だちが多いことがよし、とされてますから。

けれども、この「友だち」という言葉に縛られていることも少なくないのではないでしょうか。

歌人の林あまりさんが「友だちという言葉に縛られるよりも、その日会話を交わした人との心のふれ合いを大切にしてみては?」とどこかで書いていたのを読んだことがあります。

確かに、目の前の人を友だちとは呼べなくても、共有している時間が心地良ければ、それは幸せなことなのではないでしょうか。


と、いっぱしのことを書いたワタシですが、実は友だちが少ないことを言い訳しているだけなのかも知れません…。



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村上春樹雑文集/村上春樹

タイトルそのままの、村上春樹の受賞あいさつ、未発表のエッセイ、短いフィクション、他の作家の本に書いた序文や解説など、あちこちで書いた雑文をまとめたものです。

安西水丸と和田誠の絵による装丁がほのぼのして、かわいいです。

村上春樹 雑文集村上春樹 雑文集
(2011/01/31)
村上 春樹

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ここには、彼があの地下鉄サリン事件について書いた「アンダーグラウンド」を出版するにあたって、雑誌などに書いたものが載せられています。

オウム真理教、そしてサリン事件の実行犯たちについて、彼なりの分析をしているのがなかなかおもしろく、「アンダーグラウンド」を読んでみようかな、という気になりました。

この事件が世間を賑わしていたとき、ワタシはつわり真っ最中でした。

そのとき、お腹にいた子が今高校1年生になっていることを考えると、事件が風化されつつあるのも仕方がないのかもしれません。

けれども、あれほど世間を震撼させた事件はないと思うのです(ワタシが知る限りでは)。

風化されないことを祈るばかりです。

そして、話題になった、あのエルサレム賞受賞時のあいさつ「壁と卵」も載せられています。

ワタシはエルサレムのガザ地区のことについては、イマイチ(というか全く)わかっていないので、当然ながら、彼がこの賞を受賞するにあたって醸した物議も理解しないまま、「壁と卵」という言葉だけが頭の中にインプットされていました。

しかし、この歴史に残る(のか?)あいさつを読んで、周囲から批判を受けてまで受賞しようとした意義、作家としての使命を知りました。

どこかで読んだのですが、作家というのは、身体の奥から突き上げてくる「書きたい」という思いと、全てを失ってでも「書く」という覚悟が無ければ、なれるものではないそうです。

そうだとすれば、ワタシにはムリでしょうね。

ま、作家になる予定なんて全くないんですけど…。

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痺れる/沼田まほかる


「痺れる」というと、真っ先に正座したときの足


が思い浮かびませんか?


痺れると、それ独特の不快感はありますが、


他の痛みは鈍くなったりしますよね?


心も痺れてしまえば、つらいことや嫌なことが


鈍く感じたりするのでしょうか?


本のはなし ホンの少し


本書は、寂しい人が巻き込まれたり、引き起こ


したりするミステリーの短編集です。


主人公は、老人ホームに入所している痴呆


気味の老女であったり、不倫相手の子を半年


間に3回も中絶する女性であったり、息子の罪


を黙って胸に仕舞って老いていく女性だったり


するのですが、彼らは寂しいと口にできずに、


寂しさを抱えて生きています。


その中の「テンガロンハット」は、たまたま通り


かかったひとり暮らしの女性の家を、頼まれも


しないのに勝手に修繕していく男の話です。


押し売りならぬ、押しかけ修繕といった感じで


途中だんだん怖くなっていくのですが、結末は


ぷっ、と笑えます。


でも、そのあとちょっと寂しさが漂うのです。





「寂しい」と口に出して言える人は、実はそこまで


切羽詰まって寂しいわけではないのではないで


しょうか。


寂しいと言える相手すらいない人こそ、寂しさに


追い詰められているような気がします。


本書の中の「ヤモリ」は、主人公が目を背けてきた


ためにぱんぱんに膨らんだ寂しさが、突然訪れて、


自分をこの寂しさから救い出してくれるかもしれ


ないと期待したものがそうではないとわかったとき、


主人公は凶行に走ってしまうのです。



なんとなく、「寂しさ」と「忙しさ」って、似ていませ


んか。


忙しくて、でもそれを口に出来ない人こそ、それを


ぱんぱんに膨らませて、突然心の病という形で現


実から逃避してしまうのですから。


忙しい、忙しい、と頻繁に口にする人は実はそう口


に出していることで、自分の忙しさに酔いしれてい


るのだとワタシは思っています。


こんなに忙しい自分はどうだ!エラいだろ!という


他人を辟易させそうな感情を見え隠れさせながら。


なので、そういう人には「大変ですね」という労いの


言葉をかけてあげると、喜んでいただけますが、


「(忙しくて大変なので)何かお手伝いしましょうか。」


などとは、言ってはいけません。


なぜなら、忙しさを奪うようなことをすると、そういう方


の生きがいを奪うことにもなりかねませんから…。




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一葉の口紅 曙のリボン/群ようこ



「無印良女」など無印シリーズで、ちょっと変わ


った人々をおもしろおかしく描いた作品が多い


群ようこですが、本書は、明治期に短いながら


も作家として花を咲かせた「樋口一葉」「木村


曙」の物語です。


本のはなし ホンの少し


樋口夏子(一葉)は、幼い頃から勉強が好きで


頭も良く、本人も勉学で身を立てたいと希望し


ていましたが、女に学問は要らない、という母


の意見により上の学校に進むことが出来ませ


んでした。


それでも、和歌の塾「萩の舎」に通い、細々と


夢をつないでいました。


しかし、夏子の理解者であった父と長兄が亡く


なったことにより、家は窮乏し始め、夏子は生


活費の算段に追われるようになります。


そんなとき、夏子と同年代の木村曙という作家


の小説が新聞に載ったことを知ります。


木村曙(岡本栄子)は、牛鍋屋「いろは」の経営


者の妾の子で、経済的には何不自由なく暮らし


てきたものの、自分で身を立てていくために留


学したいという希望を父に反対され、また思い


を寄せ合った男性との仲を裂かれ、意に添わな


い婿との結婚生活を送っていました。


夏子は栄子に会う機会に恵まれ、彼女の素晴ら


しさを目の当たりにしますが、ほどなく栄子は、


肺病のため亡くなります。


夏子はあらためて文学で身を立てていくことを


決心しますが、生活に追われる毎日の中で、


小説を書くことは難しく、自分を痛めつけるよう


にしながら、後世に残る作品を生み出していく


のでした。





何かを成したいという夏子の思い、痛いほど伝わ


ってきました。


家族思いであるが故に、家族に振り回され、そん


な中でも作家を目指そうとする姿は読んでいて


痛々しかったです。


あまりにもその思いが強くて、途中読むのがつら


くなったところもありました。




夏子は24歳で亡くなるのですが、死を前にして、


「やり残したことがあるような気がするし、みんな


やりつくしたような気もする」 と考えます。



若い頃は多くの人が、自分にはたくさんの可能性


があって、何でもできるような気がしているのです


が、歳を取るにつれて、大部分の人はそうではない


ことに気が付き、そのあたりの気持ちの折り合いを


うまくつけながら、人生をやり過ごしていっているの


だと思います。



なので、今もし、ワタシが長くない余命を宣告され


るようなことがあったとしても、夏子のように考える


ような気がします。




群ようこは、この他にもいくつか人物伝を書いています


が、彼女は対象となる人物に彼女自身の思い入れを


あまり込めることなく、少し離れた目線で描いています。


それ故に、その人物が浮き上がってきて、生き生きとし


た姿を私たちに見せてくれるのだと思います。



ワタシは本好きの子どもであったにも関わらず、やた


らめったら人物を褒め称える偉人伝というものが好きで


はなく、よって偉人伝のレギュラーメンバーであった「野


口英世」もあまり好きではありませんでした。


が、大人になって、彼が女性とお金にだらしなかった、と


知って、少しホッとしました・・・。



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ノーベル文学賞/村上春樹




村上春樹といえば、ノーベル賞に最も近い日本人の


1人でしょうね。



昨年出版された『1Q84』もものすごい勢いで売れて


いるらしいし。



ただ、ワタシはどうも村上春樹が苦手で、


『ノルウェイの森』ぐらいしか読んだことがありません。



でも、なぜかエッセイは好きで、いくつか読んでいます。



中でもお気に入りは『うずまき猫のみつけかた』です。



本のはなし ホンの少し



内容は特に猫と関係があるわけではなく、筆者が


アメリカのボストン滞在中(確か大学の客員研究員


として、だったような)の生活を描いています。




ボストンマラソンを走ったり、国内外(この場合、


国内はアメリカ)を旅したり、車を盗まれたり、


通販で手に入れたものを自慢したり。




小説で見せる難解な世界(と思うのはワタシだけ


かもしれませんが)は全く見られず、淡々と


描かれた日常と、ところどころに入る風景写真が、


「こんな生活いいなぁ・・・」と思わせてくれます。




今はできなくても、老後はこんなふうに読みたい


本を持って、自由に旅に出るというような生活を


してみたいですね。




ところで、この村上春樹という人、作家でありながら、


「夜はだいたい10時に寝て、朝は6時に起きて、毎日


ジョギングして、1度も締切に遅れたことがない」


そうです。



あんなに長い小説を書くことができる人は、やはり


自分をきちんとコントロールできる人なんですね。




「明日からは歩こう」と言いながら、車のエンジンを


かけてるような凡人(ワタシ)には、とてもとても


真似できません・・・。






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