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最愛/真保裕一

親として、たまーに考えることがあるのですが、もし今、ワタシとオットが突然亡くなったりしたら、我が子たちはどうなるのか?と。

親としては至らないワタシですが、それでも人並み程度には親の責務を果たし、子どもたちがぬくぬくと暮らせるよう庇護しているという自負はありますから。

本書には、幼少時に両親を亡くした姉弟がたどった運命によって引き起こされた事件が描かれています。

最愛最愛
(2007/01/19)
真保 裕一

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小児科医の悟郎は、18年間音信不通だった姉の千賀子が事故にあって、意識不明の重体であるとの連絡を警察から受けます。

千賀子は居合わせた消費者金融で放火事件に巻き込まれたのですが、なぜか彼女の頭には銃弾が撃ち込まれており、脳死寸前の状態でした。

また、千賀子はその事件の前日に婚姻届を提出していており、事件が報道されたにも関わらず、夫である男性は姿を見せようとせず、そして、その男性には前科がありました。

千賀子と悟郎は幼い頃に両親と死に別れ、お互い別々の親戚に預けられたのですが、その親戚同士が不仲だったためほとんど会うことができず、また、預けられた先の親戚と折り合いが悪かった千賀子は17歳で家を飛び出していました。

悟郎は、事件の真相と自分が知らない千賀子の過去を探り始めるのですが…。




悟郎は事件の真相と彼が知らなかった姉の過去を調べるべく、関係者に次々あたっていくのですが、このあたりが、2時間サスペンスドラマでいえば、片平なぎさや船越英一郎が次々関係者に事情聴取している場面を彷彿とさせます。

物語が進み、事件の輪郭がおぼろげながらも表れてきて、結末に近づいてきても、ワタシにはタイトルの「最愛」の意味がわからず、もやもやしてしまいました。

しかし、残りページが少なくなった頃、どっかーん!と音がしそうなほど衝撃的な事実が飛び出し、「最愛」の意味が明かされます。

ヒントは、冒頭で、悟郎が話していた小児科医になった理由です。

「ある女性との間にできた子供を、この世に迎えてやることができなかった。だから、その償いとして、子供の命のために力を尽くす仕事をしたいと考えた」



彼に気を遣い、できる限りの好意を見せてくれた伯父のもとで育った悟郎と、従兄姉や伯母と折り合いが悪かった千賀子では、両親の死後の境遇にかなりの隔たりがあります。

しかし、悟郎も、伯父たちに気を遣いながら、生きてきました。

このあたりの描写は人の親であるワタシにとっては、辛いものでした。

言いたいことを躊躇することなく言い、欲しいものを遠慮することなく要求する我が長男ですが、それは実の親に対してだからであって、彼も悟郎のような境遇になれが、おそらく気を遣いながら生きていくことになるでしょう。

そう考えると、子どもたちが一人前になるまでは、なんとしても親の務めを果たさなくては、と思うのです。

しかし、親の責任を果たすことと、子どもの無尽蔵な要求をのむことは、全く別なハズです。

子どもが実の親に対して遠慮が無いように、親も実の子に対しては遠慮が無いのです。

「新しいダウンベストが欲しい」と言う長男に、そんなものを買うぐらいなら、ワタシの新しいブーツを買う、と思ってしまうワタシは、決して間違っていないのではないでしょうか…?


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卒業/重松清

夫婦にしろ、親子にしろ、恋人にしろ、憎み合うとまではいかなくとも、多少なりとも相手を憎む部分を持たなければ、別れを受け入れることが出来ないのではないでしょうか。

本書は標題作を含む4編からなる短編集です。

その中の「追伸」は、幼い頃に実の母と死に別れ、その母が幼い息子への未練を綴った日記を読んだため、その母を美化してしまい、父の再婚相手とうまく関係が結べないまま40歳になった男性が主人公です。


卒業 (新潮文庫)卒業 (新潮文庫)
(2006/11)
重松 清

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40歳にして作家となった「僕」は、小学1年生のときに亡くなった母が今も生きているかのように理想の母として描いたエッセイを発表します。

しかし、実際には母亡き後、父は「僕」が5年生のときに再婚して、一度もお母さんと呼んだことが無い「ハルさん」に育てられており、このエッセイによって、「僕」は「ハルさん」の存在を認めていないことを家族に公表してしまうことになります。

実母はこの世と幼い息子への未練を綴った日記を残していて、父から再婚直前にその日記を見せられた「僕」は、切々と綴った母の自分への思いを知ったため、あらたに母となる「ハルさん」にうまく打ち解けられないまま大人になり…。


読み終えて、やっぱり作家はすごいな、と思ったのが、「僕」が亡き母の日記を父から見せられた時期でした。

死の直後の1年生では内容を理解できなかっただろうし、大人になってからだと冷静に向き合うことができてしまい、こんなに深く彼の心に刻み込まれることはなかったと思います。

母への思慕は募るのに、言葉や態度でうまく表現できないまま、その後反抗期に突入する5年生という年齢だからこそ、「僕」はこのような態度をとり、このストーリー展開があったのだと思います。


同じ筆者の「その日のまえに」では、幼い子を残して亡くなる母が 「(自分のことを)忘れていいよ」 と遺言を残すのに対して、この「追伸」では、死にゆく母が未練を切々と綴った日記を残します。

ワタシならどうするだろうな、と考えたのですが、弱いワタシは未練たらたら泣き言を繰り返し、残される家族を困らせるに違いありません。


幼い頃に母と死別するということは、美しい関係のまま別れを迎えるため、子どもの心に母の存在を強くうえつけてしまうことになるのかもしれません。

ワタシが子どもの頃繰り返し読んだ「次郎物語 第1部 (偕成社文庫 4042)」も、小学生の頃に経験した母の死が、主人公のその後の人生に影響を与えています。

天寿を全う、とまではいかなくとも、とりあえずひと通りのことは済ませたとされる年代で母が亡くなった場合は、子は多かれ少なかれ母に対する嫌悪の情を心のどこかに秘めているので、母との別れをすんなり受け入れることができるのかもしれません。

なので、今ワタシにもしものことがあった場合、息子たちがワタシとの別れを受け入れることができないというようなことがないよう、心をオニにして、息子たちをガミガミ叱っているのです…。


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永遠のとなり/白石一文

唐突ですけど、40代って、しんどいですねー。

これまでの人生を振り返り、これからの人生を考える、いわば人生の中間決算期といったところでしょうか。

本書には、そんな時期を迎えた40代男性2人が登場します。

永遠のとなり永遠のとなり
(2007/06)
白石 一文

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うつ病を発症した「私」と肺がんになった幼なじみの「あっちゃん」は、それぞれ東京での仕事を辞め、離婚して、故郷の福岡に戻ってきます。

うつ病が回復に向かいつつある「私」は故郷であっちゃんとの旧交を温めながら、これまでの生き方を振り返ります。

別れた妻のもとに残した息子のこと、部下の女性との不倫、そして、勤務先の会社が他の会社に吸収合併されたことで味わった苦悩…。

そんなとき、あっちゃんのがんが転移していることが判明します…。


「私」は男性なのですが、なんだかワタシとよく似ています。

うつ病になって彼は、自分自身のことが嫌いだったことに気がつくのですが、うつ病にはなっていないながらもワタシも自分のことが嫌いですね。

彼の言葉を借りれば、「自己嫌悪が他の人より幾分強い」となるのでしょうか。

そして、常に前進を目指しているようなところも似ています。

しかし、彼は言っています。

「前進とは一見前向きなようだが、過去の自分を否定して、現在の自分から逃げていることだ。」と。

そして、「人生を梯子を登ることに例えると、自己嫌悪の強い人間は段を踏み壊しながら(つまり過去の自分を否定しているので)登っているため、バランスを崩すと踏みとどまる段が無く、真っ逆さまに落ちてしまうしかない」とも言っています。

また、「私」の主治医がうつ病になりやすい人としていくつか条件をあげているのですが、その中に「プライドが高すぎて小さなことで傷つきやすい」というのがあり、またも、「ワタシのことかー?」と思いました。

こんなふうに自分を分析してしまうと、こんなワタシと親しくして下さっている方には感謝せずにはいられません。

なので、来週のランチの折には、友人をほめちぎろうと思います…。


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流星ワゴン/重松清

書評ブログを始めて1年と少し、今日はお引っ越し初回です。

そして、奇しくも、今日はワタシの誕生日です(全くどうでもいいことですが)。


さて、そのような日にふさわしいのかどうかよくわかりませんが、『流星ワゴン』は家族の崩壊を描いています。

流星ワゴン (講談社文庫)流星ワゴン (講談社文庫)
(2005/02/15)
重松 清

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本書を読むと、親と子は些細なことでボタンをかけ違えて、理解しあえなくなっていくものだということがよくわかります。

ワタシは親であり、また子でもあるのですが、親になったからといって我が親のことを理解できるようになったかというとそうでもなく、子に対しても、自分がその年代だった頃のことを思い出して、理解を示すかというとそういうわけでもありません。

きっと、本書のような設定に巡り合わないと、親と子は永遠にわかりあえないような気がします。


頻繁にバトルを繰り返し、日ごとに密着度が減っていくワタシと長男(高1)ですが(ホントに密着していたのははるか昔のことですが)、ごくごくたまーにお互いに機嫌良くて、話がはずむことがあると、似た者親子なんだなーということに気が付きます。

好きな曲が同じだったり、嫌いな芸能人が同じだったり。


しかし、最近息子を理解する出来事に遭遇しました。

夜中の3時まで女の子とメールのやりとりをしている息子を見て、怒るのではなく、「うらやましい…」と思ってしまったんですね、ワタシは…。

退廃姉妹/島田雅彦


親子でぼんやりニュース番組を見ていたとき


のことです。


息子に「天皇って、おじいさんだよね?」と言


われて、ワタシも子どもの頃、そのお父さんで


ある昭和天皇をテレビで見ながら、「おじいさん


だなあ…。」とつぶやいたことを思い出しました。


本書は、その昭和天皇が現人神から人間に


なられた終戦直後をたくましく生き延びた、あ


る姉妹の物語です。


本のはなし ホンの少し


疎開することなく、東京で終戦を迎えた有希子


と久美子の姉妹は、映画会社に勤める父が


戦犯の疑いで逮捕された後、既に母を失って


いたため、2人きりで暮らすことになります。


授業が再開された女学校に通い始めたもの


の、2人には頼るべき人もおらず、また、戦後


街に出回り始めた米兵相手の娼婦に、あこが


れに近い気持ちを抱いた久美子は、いろいろ


考えた末、自宅で米兵を相手に娼館を始める


ことを思いつきます。


最初は、反対していた有希子でしたが、久美子


に説得されて、自分は客はとらないことを条件


に同意します。


そして、たまたま知り合ったお春と祥子と久美


子が娼婦となり、商売を始めます…。






荒唐無稽な気がしないのでもないのですが、実際


の戦後というのは意外とこんなものだったのかもし


れませんね。


よくある、反戦をうたって涙を誘うという戦争の物語


とは少し違っていましたが、だからこそ、違ったおも


しろさを味わえました。


私たちは、満ち足りた生活を送っているからこそ、


道徳心も倫理観もそこそこ備わっていますが、


食うや食わずの生活となれば、どうなるかわかり


ませんね。



よく、苦労をした人は強い、などと言いますが、ワ


タシは、これは違うな、と思っています。


苦労をした人は苦労というものを知っているから


こそ、その怖さを知っていますが、知らない人は


苦労を苦労とも思わず淡々と切り抜けてしまうの


ではないでしょうか。


苦労を知らない有希子と久美子が、まさにそうです。


10代の娘が米兵相手の娼婦になるなんて、蔑まれ


るか、かわいそがられるか、のどちらかだと思うの


ですが、久美子はそんなことをものともせず、女性


の職業として米兵の相手をし続けるのです。


確かにつらい経験をすると、次に同じような経験を


したときに、そのつらさを知っているからこそ、より


つらさが増すような気がします。


ワタシもそういう経験をしたことがあります。


第1子出産時は、陣痛というものがわからなかった


ので、「まだまだ痛くなるに違いない」と思いながら、


我慢できましたが、陣痛を知ってしまった第2子出


産時には、陣痛らしきものが始まった瞬間、鼻から


スイカをひねり出すような、あの痛みを思い出して、


コワくなりましたから…。



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