FC2ブログ

皺/パコ・ロカ

ゲーム機など無かった頃の主な遊び道具といえばコミック本だったと思います。

友だちと貸し借りしあったり、新刊本が出るのが楽しみだったり。

今の子どもたちのゲームソフトと同じようなものですね。

本書もコミックですが、スペイン人の漫画家によって描かれた本書は、ワタシが子どもの頃に慣れ親しんだものとは全く違い、人生の黄昏期を描いています。

皺 (ShoPro Books)皺 (ShoPro Books)
(2011/07/29)
パコ・ロカ

商品詳細を見る


認知症の症状が出てきたエミリオは老人ホームに入居することになります。

相部屋となったミゲルは、他の入居者からお金をだまし取ったりしていますが、エミリオに対しては友好的であり、親切でした。

入居者の中には、夫婦で入居しながら認知症が進んで横にいる妻のことさえ分からなくなった男性や、車椅子をイスタンブール行きの列車と思い込んでいる女性、若い頃に陸上大会で獲得したメダルを常に首にぶら下げている男性など、老人ホームならではの人々が生活しています。

かつて銀行員だったエミリオは、老いに振り回されない生活を送ろうとするのですが、そんな彼にもアルツハイマーという病は容赦なく忍び寄ってくるのです…。



老人ホームならではのエピソードが絵と文字で展開され、笑わずにはいられませんでした。

しかし、読み進むうちに、筆者が読者に笑いを求めているだけではないことに気付きます。

エミリオの認知症が進んでいく様子が描かれたコマがリアル過ぎて、哀しいのです。

あとがきにも、筆者は老いていく人々に対する尊敬の念を綴っています。

だからこそ、認知症の老人のエピソードがただ笑いを誘うものだけでなく、人生の重みを感じさせてくれるのだと思います。



いくつか登場するエピソードのうち、ワタシが最も心惹かれたのは、認知症のモデストとその妻ドローレスのくだりです。

認知症のモデストは、いつも隣にいる妻ドローレスのことすらわからなくなっていると周囲の人には思われていますが、実際はそうではないのです。

他の人が認知できない部分で、モデストはドローレスを愛し続けているのです。

実は、愛情というのは言葉で尽くすようなものではなく、愛する人のそばにいるだけで幸せだと感じるもののような気がします。

夫婦とは、こうありたいですね。



エミリオとミゲルは「人生最後の日々をこの施設でただ眠ったり、ビンゴをしたりしているだけでいいのか?」と考え、施設を脱走します。

脱走をおしゃれに決めようと、コンバーティブルで。

しかし、屋根の無いコンバーティブルは老人には寒いんですね。

今は、燃費や収容人数重視して車を購入しているワタシですが、いつか運転できなくなる日が来ることを考えると、今のうちにハンドルを握ってみたいと思う車に乗っておいたほうがいいのかもしれません。

けれども、ワタシはコンバーティブルはやめておいたほうがいいように思います。

ハンドルを握ると(いや、握らなくても?)、凶暴になってしまうワタシが運転席で吐いている暴言は、密室だからこそ許されるものであって、決して白日の下にさらして良いものでは無いと思いますので…。


おもしろいと思って下さった方クリックお願いします。ランキングに参加しています。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

スポンサーサイト

もっと塩味を!/林真理子

最近、日本でも「ミシュラン」の星を獲得するお店が増えてきたようですね。

そのようなお店には到底足を踏み入れることなど出来ないワタシには、その味の素晴らしさを知る術は無いのですが、この星を目標にしている料理人は少なくないそうです。

本書は、本場フランスで星を獲得した料理人を支えた女性の、波乱万丈の人生を描いた物語です。

フィクションらしいのですが、モデルになった女性がいるような気がしないのでもないのですが…。

もっと塩味を!―Plus de sel,s’il vous plait!もっと塩味を!―Plus de sel,s’il vous plait!
(2008/08)
林 真理子

商品詳細を見る


パリで、夫 直人と二人三脚でやってきたフランス料理店「シリウス」が、念願のミシュランの一つ星を獲得したことを知ったのと時期を同じくして、美佐子は直人から離婚を切り出されます。

還暦間近でありながら、50歳そこそこにしか見えない若々しい美佐子でしたが、6歳下の夫 直人は若い愛人が妊娠したため、美佐子に離婚を申し出たのでした。

美佐子は30歳代半ばで直人と結婚する前は、生まれ故郷の和歌山で20歳そこそこの若さで地元の資産家の息子と結婚しており、24歳で既に2人の子の母でした。

舅の提案で、夫とファミリーレストランの経営に乗り出した美佐子は、本格的なフレンチの店を出したいと考えるようになり、東京で活躍する若手の新進気鋭のフレンチの料理人である大久保と接触を取るようになります。

当初はフランス料理店開店の指南を受けているだけだったはずなのですが、親密になった美佐子と大久保は遂に一線を越え、美佐子は大久保との、いや東京でのもっと広い未来を求めて、夫のもとを飛び出します…。





美佐子は、最初の結婚では2人の子を持ち、舅姑と同居でありながら、主婦とは思えないほど自由奔放な生活を送っていたのですが、2度目の結婚では糟糠の妻と言っても過言ではない程、夫を支えて不遇な時期を乗り越え、店の経営に粉骨砕身しています。

それは、2度目の結婚相手である直人が、美佐子が追い求める見た目も味も芸術的なフレンチを作るシェフだったからではないでしょうか。

最初の結婚では、経済的に不自由をしない相手を望んだため、贅沢な生活を送ってきたのですが、物質的な充足以外の喜びを見つけてしまうと、ものに囲まれた生活など意外に簡単に捨ててしまえるものなのかもしれません。

幼い頃から、舌が肥えていて、おいしいものには目が無かった美佐子には当然の結果のように思います。



大久保のいる、華やかな世界へと飛び出した美佐子でしたが、大久保は夫と子どもを捨てた彼女を両手を広げて受け入れてくれることはありませんでした。

普通の女性なら、ここで後悔に苛まれると思うのですが、彼女は違います。

別の女の影がちらつく大久保を深追いすることなく、自分の夢に突き進んでいくのです。



子どもを残して離婚するような女性ですが、ワタシは美佐子のことがキライにはなれませんでした。

物事を深く考えることがあまり好きでは無く、自分自身の欲望に素直な彼女は、ワタシの対極にいるからなのかもしれません。

石橋を叩き割るほど慎重で、あれこれ考え込んでしまうワタシですが、深く考えたからといって、正しい答えが見つかることなど無いことはよーくよくわかっています。

だからこそ、思い悩むことなく新しいところに飛び込んでいく彼女がうらやましいのです。

そんなワタシが、あまり深く考えずに決断したものの中で最も大きなものといえば、結婚なのかもしれません。

女性にとっては人生のターニングポイントともなりかねないものをはずみで決めてしまうなんて…、と思われるかもしれませんが、人生なんて所詮そんなものだと思うのです。

人生とは、「はずみ」と「縁」と「努力」と「タイミング」が入り混じって、できあがっているような気がします。

「努力」が不足しているワタシは、他の3つがカバーしてくれていると信じているのですが・・・。


おもしろいと思って下さった方クリックお願いします。ランキングに参加しています。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

東京ロンダリング/原田ひ香

賃貸マンションや借家などで人が亡くなった場合、不動産業者は次の入居者にその事実を伝える義務があるのをご存知ですか。

しかし、一度誰かが住めば、それからあとの入居者には伝えなくてもいいそうです。

本書の主人公は、死亡者が出た部屋に住むことで、その部屋を「ロンダリング」する仕事をしています。


東京ロンダリング東京ロンダリング
(2011/07/26)
原田 ひ香

商品詳細を見る


離婚して傷つき、ぼろぼろになったりさ子は、部屋を借りるために訪れた「相場不動産」の相場から、部屋をロンダリングする仕事を教えられます。

死亡者が出た部屋は、家賃を安くしても入居者が見つからないため、大家が家賃も取らずに日当を支払ってまで、短期間入居してくれる人を探しているのです。

簡単そうにみえても、意外に成し遂げることが出来る人がいない中、りさ子はそのような部屋を転々として、淡々とロンダリングをこなしていきます。

東京には、そのような部屋が次々出てくるため、りさ子は次の仕事に困ることもなく、そんなりさ子を見て、相場は彼女がしていることは東京をロンダリングしていることだと話します。

そんなふうに根無し草のような生活をしていたりさ子でしたが、「乙女アパート」に入居し、大家の真鍋夫人と知り合ってからは少し状況が変わり…。




自宅で亡くなった人のうち、その最期がお風呂である人が多いというのを聞いたことがあります。

見知らぬ人が亡くなった後の部屋に住むこと自体にも抵抗はありますが、それ以上に亡くなった人が浸かっていた浴槽に入ることのほうがより抵抗が強いのではないでしょうか。

りさ子は、そのようないわく付きの浴槽も難なく使うことができるのですが、ワタシにはムリでしょうね。

部屋で1日中本を読んでいてもお金がもらえる、というのはかなり魅力的なんですけどね。



「ロンダリング」とは「洗浄する」という意味だそうです。

その言葉どおり、マネーロンダリングは不正な金を合法化することですし、本書のような場合も人が亡くなったという事実を消し去る働きをしています。

ある行為を経ることで、それまでの悪行をきれいさっぱりリセットできるのなら、ワタシ自身をロンダリングしてみたいですね。

そうすれば、嫌いな食べ物もこっそり残したりせずに食べきり、嫌いな人にも自分から頭を下げて挨拶し、カチンとくるようなことがあってもやたらめったらキレたりしない、そんな聖人君子のようなワタシに出会えるような気がするのです…。


おもしろいと思って下さった方クリックお願いします。ランキングに参加しています。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

ウーマンズ・アイランド/林真理子

羨ましがられるって、気持ち良いですよね。

謙遜しながらも、自尊心がくすぐられる感じがなんともいえなくて。

本書には、他人から羨望のまなざしを向けられることで自分は幸せである、と実感する女性たちが主人公の短編集です。

ウーマンズ・アイランド (マガジンハウス文庫)ウーマンズ・アイランド (マガジンハウス文庫)
(2009/06/12)
林 真理子

商品詳細を見る


本書の舞台である、オシャレで近代的な人工島(お台場がモデル?)にはマスコミの社屋や高級マンションが立ち並んでいて、ここに身を置く女性たちは世間の人々の羨望のまなざしに優越感を感じながら、オシャレな日常を送っています。

登場する女性たちは、広告代理店、出版社、テレビ局など華やかな職場で働いていたり、専業主婦として高級マンションに暮らして贅沢な時間を送っていたり、脚本家になるという夢を叶えるべくコーヒーショップでアルバイトをしていたり。

そのひとつひとつの話の全てにイケメン人気俳優の深沢が登場し、その主人公たちの何人かと関係を持つということでそれぞれの話をつないでいき、長編小説の様相も呈しています。

女性には夢の島とも思えるその人工島ですが、実は影の部分も持っていて…。



筆者は女性が憧れる華やかな世界を描きながら、実はその世界にシニカルな目を向けています。

そこが女性特有の意地悪さのツボを刺激して、おもしろく読めてしまうのかもしれません。

こんなチャラチャラした生活を送っていて将来はどうするのかしらねぇ…、と皮肉な感想を持ちながら、読んでしまうんでしょうね。

そうは言うものの、ワタシだって、こんな生活をしてみたくないことはないのです。


『ミセス』という雑誌をご存知でしょうか。

『オレンジページ』『レタスクラブ』とは違い、エルメスのバッグやウン十万もするワンピースが登場する、セレブな主婦のための雑誌です。

こんなの、ワタシには関係ないな、と思いながらも、なぜか読んでしまうのですが、その後ユニクロのチラシを見ても、何の違和感も感じないところが、ワタシのような庶民の素晴らしいところなのではないでしょうか…?


おもしろいと思って下さった方クリックお願いします。ランキングに参加しています。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


自分探しが止まらない/速水健朗

「自分探し」、流行りですね。

ひねくれているワタシは、鏡の前に立てば見つかるよ、と言いたくなるのですが。

本書は、仕事を辞めてまたは卒業しても就職せずに、本当の自分を探すために、という理由で海外に飛び出す(留学)若者、フリーターになる若者たちについて、筆者がその背景、しくみを詳しく述べています。

自分探しというものに対しての著名人たちの賛否両論の意見も引用されていたりして、なかなか興味深いです。

自分探しが止まらない (ソフトバンク新書)自分探しが止まらない (ソフトバンク新書)
(2008/02/16)
速水 健朗

商品詳細を見る


中田英寿の「自分探し」宣言や、猿岩石(覚えていますか?)のヒッチハイクの旅、かつてフジテレビ系で放送されていた「あいのり(見知らぬ男女がワゴンに乗り合わせて旅をする)」を例にしながら、筆者の意見は展開されています。

筆者は大手を振って、自分探しを否定をしているわけではない(ように思う)のですが、この意見 ↓ に筆者の考えが集約されているような気がしました。

「自分を探しに海外に行き見つけた答えが、もう日本ではまっとうに生活できない自分の経歴だった」

しかし、企業の終身雇用の神話が崩れ、学校ではやりたいことを見つけなさい、と教育されるようになったことも時代背景として影響しているのではないか、とも述べています。

そして、自分探しをする人たちを食い物にするビジネス(自己啓発セミナー、「ボラバイト」なる「ボランティア」と「アルバイト」とくっつけた造語など)の存在もわかりやすく説明しています。


以前、教育雑誌で「ウチの子は勉強が好きだ、という親の子は伸びない」というのを読んだことがあります。

なぜなら、子どもに勉強が好きか嫌いかの判断をさせてしまうと、嫌いになったらやらない、という理屈が通ってしまうことになるからだそうです。

仕事も同じだと思います。

仕事もやりたい、やりたくない、(またはやりがいの有無)だけで選ぼうとすると、やりたくなければ辞めるということになってしまうのではないでしょうか。

仕事とは、自己表現、自己確立の方法なのかもしれませんが、それ以前に生活の糧を得る手段であるはずです。

やりたくない、やりがいが無いと思う仕事でも、続けているうちに何かを見つけることができるのでは、とワタシは思っています。

やりたいことはやるべきことをやってから(またはやりながら)でも遅くはないのではないでしょうか。

かくいうワタシもそのようにしています。

掃除洗濯などひと通りの家事を終えてからしか、お昼寝はしませんから…。

おもしろいと思って下さった方クリックお願いします。ランキングに参加しています。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


プロフィール

keishomom

Author:keishomom
お引っ越ししてまいりました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR